朝日 論壇時評1月号

今月は新しい情報環境に対する見解について。

文章は「朝まで生テレビ」でのエピソードから。ツイッターをスタジオに持ちこみ、リアルタイムで意見を反映させれば閉鎖された議論を開放させることができるという提案。それに対する冷ややかな反応は、論壇の中でも見受けられると言います。


ネットやグーグルを極端に単純化=「モンスター化」し批判する。東浩紀さんはこうした新しいものに対する理解の無さを嘆き、

「ブログにしろツイッターにしろ、道具でしかない。道具の善し悪しを喧しく論じるまえに、なぜそれらを用いて社会を変えないのか。」と爽快にそうした言論を切っています。




新しいものに対して、古い論理を振りかざして対応する様子については自分自身首をかしげる場面が多々あります。言説のリアリティが変化してきている。
それを肌で感じたのは他でもない冒頭のエピソードの時。朝生を見ていた自分はツイッターを場に導入し議論を開放しようとする東さんに対して、怪訝な対応をする田原さんに思わず「古いっ!」と声をあげていたのでした。


これから本当に意義ある議論を展開するならば、これまで積み上げてきた言説を捨て去り、この新しい情報環境に適応した言葉を残していかなければならないと強く感じます。言説のリアリティが変化してきていることに無自覚な文章は読んでいてもつまらないし、もはやどっぷりと新しい情報環境に浸かっている身としては嫌悪感すら抱きかねない。小市民な大学生の感性でもそれを感じてしまうのですから、早急な対応が必要なのかもしれません。


振り返ってみても。やっぱり、読んで「おおっ!」とか「面白いなぁ」と思うものってそうした変化に対応している文章なんですよね。